財務余力で割安株を選んでいたら6回TOB・MBOを経験した話――1回は損失、再現性は限定的
保険業界から転職したHIKO(30代)。2015年にNISA口座でコナカ株を買ったのが投資の入口で、以来11年間、配当と値上がりを気にしながら個別株を選んできた。青山商事では−31万円の含み損を抱えた時期もある。その記録をありのままに書いている。 偶然ですが、保有株が6回TOB・MBOの対象になりました。ただし1回は普通に損しています。 「6回TOB経験者」というと「戦略が当たった人」に聞こえるかもしれません。でも正直に言うと、偶然が多く含まれていますし、「この条件で選べばTOBが来る」とは到底言えません。損するケースがあることは、この記事で掘り下げる日水製薬が証明しています。 この記事ではその経験の全容と、1回失敗した日水製薬の話を掘り下げます。「TOBを狙う戦略」を紹介したいのではなく、「財務余力を重視して割安株を選んでいると、TOBに巻き込まれることがある」という傾向を整理したいと思います。 6回の経験一覧 銘柄口座買値TOB/MBO価格種別富士通ビー・エス・シー特定1,020円1,361円親会社TOB(富士通)ジャステック特定887〜1,551円1,939〜1,940円親会社TOB(NTTデータ)MDV特定489〜569円1,688円親会社TOB(日本生命)システム情報特定713〜999円927〜928円MBO(経営陣)川澄化学工業NISA879円1,158円親会社TOB(住友ベークライト)日水製薬NISA1,419円1,053円親会社TOB(ニッスイ) 6件のうち5件はプラス、1件(日水製薬)はマイナスで着地しました。「6勝」ではなく「5勝1敗」が正確です。 なぜこの銘柄を買っていたか TOBを狙って買ったわけではありません。選ぶときに意識していたのは、大きく2つのパターンに分けられます。 パターンA:割安・財務健全型(川澄化学工業・日水製薬・ジャステック) 自己資本比率60%以上 PBR1倍以下 配当性向50%以下(ただし直近で上昇トレンドに入っていないこと) 大株主に事業会社が入っている PBR1倍割れは「株価が帳簿上の純資産(解散価値)を下回っている」状態を示します。理論上は買収側にとってお得な水準で、親会社が少数株主から株を集める動機のひとつになりうるものです。 ただし、簿価は実際の資産の実現価値とズレることがあります。特に医療・ITなど無形資産が多い業種では、帳簿に載っていない価値(ブランド・技術・顧客基盤)が大きく、簿価だけで「割安」と判断するのは注意が必要です。 パターンB:親子上場・グループ再編型(MDV・システム情報・富士通ビー・エス・シー) 筆頭株主に事業会社が50%前後保有 自己資本比率60%以上 PBRは問わない このパターンはPBR1倍以下とは無縁でした。MDVは取得時PBR5〜6倍、システム情報は3〜4倍ほどでした。それでもTOB・MBOになったのは、親会社のグループ戦略や経営陣のインセンティブが主な動因であり、割安かどうかは関係ありませんでした。 親子上場の解消・完全子会社化は2020年以降に加速しています。筆頭株主が事業会社で、かつその保有比率が50%前後という構造は、将来的にTOBが検討されやすい素地になります。 TOBやMBOとは何か(簡単に) TOB(株式公開買付) は、買収者が市場外で株主に対して「この価格で株を売ってください」と呼びかける手続きです。親会社が子会社を完全子会社化するときや、外部の会社が経営権を取りにくるときに使われます。TOBには通常、市場価格に対して20〜40%程度のプレミアムが上乗せされます。 MBO(マネジメント・バイアウト) は経営陣が自社を買収する手続きで、上場廃止を前提に行われることが多いです。システム情報はこちらに該当しました。 いずれの場合も、TOB・MBO価格で株式を売却するか、保有し続けるかは株主が選択できます。応募しなければ非公開後に株を持ち続けることになりますが、実質的に流動性がなくなるため、ほとんどの場合は応募します。 日水製薬:唯一の損失、その深掘り 6回の中で唯一、取得価格を下回るTOB価格だったのが日水製薬(4550)です。 実際のデータ 購入:2018年2月、NISA口座 取得価格:1,419円、100株(取得総額 141,900円) 受取配当:約2,000円×4回(2018〜2019年)+1,000円(2020年)= 約9,000円 TOB価格:1,053円(2020年7月)、100株で売却 売却額:105,300円 売買損益:−36,600円 配当を加えた実質損益:−27,600円 NISAなので損失の損益通算もできず、まるごとマイナスで確定しました。 なぜ1,419円で買ったのか 当時の日水製薬はPBR約0.9倍で、配当利回りは2.9%ほどでした。自己資本比率92%という高水準で、筆頭株主はニッスイ(旧日本水産)が50%超を保有していました。「割安・財務健全・親子上場」という条件がそろっていました。スクリーニングをかければ普通に引っかかる銘柄で、特別な思惑があって買ったわけではありません。 見落としていたサイン:配当性向の急上昇 今振り返って気になるのは、配当性向の推移です。日水製薬の配当性向は2019年に114%、2020年には167%まで上昇していました。つまり、稼いだ利益よりも多い額を配当として払い出していた状態です。 「株主還元に積極的」に見えて、実態は「利益が出ていないのに配当水準を維持しようとしている」構造だった可能性があります。配当性向が100%を超えるということは、内部留保を削って配当に充てているか、特別利益を使っているかのどちらかで、持続性に疑問符がつきます。 買収側(ニッスイ)の論理 ここで重要なのは、親会社であるニッスイ側の視点です。 ニッスイにとって日水製薬は「高く買う理由がなかった」と考えられます。業績が停滞し、成長への期待が薄い子会社は、グループ内での位置づけが低くなります。配当性向が167%まで上昇しているということは、会社として稼げていないのに配当だけを維持している状態であり、これは「早期に整理すべき事業体」という判断につながりやすいです。 TOBプレミアムは「市場が評価していた最低限の価格」であり、親会社の本音の評価はそれよりさらに低かった可能性もあります。ニッスイとしては、子会社の業績が回復する前に、安い価格で整理できるタイミングを選んだとも読めます。買収する側にとって、成長期待の薄い子会社に高いプレミアムを払う動機はありません。 TOBプレミアムの罠 TOBには通常20〜40%のプレミアムが乗ります。日水製薬のTOBも、発表直前の市場価格に対しては一定のプレミアムがついていました。 ただし、プレミアムは「発表直前の株価」に対して計算されます。私の取得価格1,419円は2018年初の水準で、それ以降に株価が下落した状態でTOBが発表されました。だから「プレミアムがついたTOB価格」でも、自分の取得価格には届きませんでした。「TOBにはプレミアムがつくから安心」という感覚は、高値で買った場合には通用しません。 この失敗から学んだこと 取得価格の水準が損益を決める。 TOBプレミアムで全員が報われるわけではありません。 配当性向が急上昇している(特に100%超)は危険サイン。 利益以上の配当を払い続けている会社は、親会社に業績停滞として低く評価される可能性があります。 PBR割れだけで割安と判断しない。 簿価と実際の収益力は別物で、収益が出ていない状態での割安感は意味が薄いです。 「TOBを狙う戦略」ではなく「重なりやすい傾向」 財務的に健全で、割安か親子上場の構造がある会社を選んでいたところ、6回TOBかMBOに遭遇した、という順序です。「傾向として重なりやすい」以上のことは言えません。 タイミングが読めない。 条件を満たしても10年間TOBが来ないケースはいくらでもあります。「今年来るかもしれない」は常に憶測です。 価格もコントロールできない。 TOBプレミアムは親会社の判断で決まります。成長期待が薄い子会社を整理したい親会社は、最低限のプレミアムしか乗せません。 取得価格次第でTOBが来ても損する。 日水製薬がその証拠です。 待機コストがある。 数年動かない間に他の銘柄は値上がりし、配当だけで時間を消費する可能性があります。 実務的にどう使うか(自分の現在のスタンス) 「じゃあどう活かすのか」という疑問に答えておきます。 ...